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大道寺
はい、僕もちょっと頭、混乱しているかと思いますが、ごめんなさい。始めご質問の方は、それぞれ陳情その他するんでもいろいろな大変なこともあるし、できるところもある程度の限定されていると、この際もう少し大きな意味で、道州制等の広域行政を考えてみて国の中央集権とぶつかってみたらどうだと、結論的にはそんなご質問かと思ったんですが、それでよろしゅうございますか。
質問者
はい。
大道寺
そういう考え方もあろうかと思います。また事実、相当数の方がそういうふうに考えていらっしゃる。
ま、これはご存じのように道路その他の航空路の発達でですね、昔の時間的にいうと、昔の県は今の道州制、例えば北海道とかは別だけれども青森県と東北地方とは大体同じくらいの単位で考えてもいいような時代に実際なってるんだと思います。
けれどですね、道州制を導入すれば、この今の中央集権制度の問題の弊害が除かれるかというと必ずしも、そうではないと僕は思います。
それは、先ほど岩崎先生からちょっとお話しがありましたけれども、市町村が3,000あるものが、ばらばらでは力にならないから一つ県にまとまって、県のパワーでもって中央集権と相対時すると多少、力になるかもしれんという議論とまた似てるところがありますが、僕はそれだけではならないと思う。
やっぱり根底にですね、お隣りの先生からの今のお話の通りこの垂直制を排除すること、また、中央官僚が一番偉いんだと、その次は県の役人で、その次は市町村の役人というふうな概念自体をまず壊さないと改まらないんだと僕は思ってます。それは全て同等であるというふうな認識に立たないと、これはならない。
だから道州制はですね、例えば医療に関して言えば、どこに大病院、結核の大病院を作るとか、癌の大病院作るとか、そういう効率的な意味では、もう少し大きなエリアをとって行政をするということ、お金を突っ込むというふうなことは非常に役に立ちますが、今の中央集権から地方分権にという、いわゆる国民のそれぞれの、個人のために、家庭のためにというところの大義まで、その幸福を持ってくるという意味では、必ずしもパワーになるかどうかは、私はちょっと疑問に思っております。そういう意味でこれは、日本人が持たなきゃならない意識の問題であろうかと思っています。
ちょっと余談になりますが、僕は日本人というのは、どちらかと
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